投稿者: 詩絵音

  • 線香花火集団

    線香花火集団

     あまりに涼しくて気持ちいい夜なので、歩いて帰ることにした。夏のじりじり焼かれる感じが結構好きだから、毎年8月下旬になると夏が終わってしまうことが寂しくなるけど、いざ9月が来て涼しくなってみると、いつも秋ってなんて素晴らしいんだろうと思う。

     今日はあまり歩いたことがない裏道を通ってみる。日頃できるだけ裏道を通ることにしている。車の騒音や怖さに煩わされなくて良いし、柵で仕切られた大通りの歩道よりものびのび歩ける。かといって広すぎて荒涼ともしてなくて、むしろ小さな家やマンションがひしめいていて楽しい。10分くらい遠回りになっても、時間があるなら裏道のが良い。たぶん、道が広くて車が多い名古屋で育ったから、よけい裏道が好きになったんだと思う。

    木造の3階建ては、生きている怪物のような迫力がある

     みんなも同じように涼しさにのびのびした気分になったからか、裏道でも人がそれなりに多い。最初に秋の素晴らしさに気づいたのは、高校2年の頃だった。最寄駅にある少しおしゃれなお店からスパイスか香水の良い匂いが漂ってきて、ハッと「秋って素晴らしいものなんだ」と気づいた。毎年、春でも夏でもなく、秋になると色んなお店からオシャレな香りがするようになる気がする。それまでも涼しい風や紅葉は普通に好きだったけど、その一連の風物を「秋なのだ」と認識したのが高2だった。

     もっと細い裏道にさしかかって、人通りもまばらになった。このあたりは大正時代まで川が流れていた暗渠の道だ。これほどぐねぐね曲がりくねった小道を他に見たことがない。

     すると突き当たりに小さな書店の灯りが見えて、香ばしい匂いが漂ってきた。なんと、お店の人が友達と軒先に集まって、線香花火をしているではないか。いいなー!! 今日はこの線香花火集団を見るために歩いて帰ったのかもしれない。

    いいなあ!

     今年友達と花火した時、粗悪品だったのか全部火種がすぐに落ちてしまったので、少し線香花火に心残りがあったのを思い出した。テンションが高くなっている勢いに任せて仲間に入れてもらおうかと思ったが、お腹が空いたので帰った。

  • 立体駐車場ドーナツ

    立体駐車場ドーナツ

     自分の部屋だとあまり集中できないので、よく近所のミスタードーナツで作業する。この帰省中も、実家近くのミスタードーナツで博論の最終修正作業を進めた。特にハニーオールドファッションがおいしい。

     小さい頃、家族の車の中で山下達郎の『ドーナツ・ソング』をよく聴いた。歌詞に「公園通り」という場所が出てくるが、どこにでもある児童公園に隣接している道のことを言ってるんだろうと漠然と理解して、特に気にも留めなかった。

     「公園」とは代々木公園のことで、「公園通り」は渋谷のパルコがある坂道のことを指していると気づいたのは、上京してさらに5年くらい経ってからだった。

    佐賀駅には昔のミスド看板が残っていて嬉しくなった

     小学生時代のある日、ミスタードーナツに行くと、インド人のおじさん3人がレジに並んでいた。彼らのトレーには、ポンデリングやオールドファッションが3~4段重ねになって面積いっぱいに敷き詰められ、まるで立体駐車場のように聳えていた。

     僕は大人になればこんなにドーナツを食べても良いものなのかと感激したが、店内の他の客たちも「わぁ」と羨望のまなざしで彼らを見ていた。山のようにドーナツを大人買いするのは、誰もが一度は夢見ることだが、思い切って実行することは難しい。3人のおじさんは照れくさそうに微笑みながら、店員が大忙しに大量のドーナツを黙々と箱詰めしていくのを見守っていた。

     きっとチャイのためのお茶菓子だろうという両親の話から、僕ははじめてチャイという文化があるのを知った。

  • アメリカで自転車を売る

    アメリカで自転車を売る

     大学2年生の夏に1ヶ月半、アメリカに留学した。現地生と一緒に夏休みの集中講義を履修できるというプログラムだった。大学の国際本部が募集していて、旅費・学費用に奨学金が出た。

     カリフォルニア大学デイビス校(UC Davis)という大学で、カリフォルニアの州都サクラメントの近くにある。小さな商店街を歩いていくと、いつの間にかキャンパスに入っているような町だった。市街地よりも大学の方が大きくて、大学に飲み込まれているような町だった。

    キャンパスには牛舎まであるのだ

     農業が有名な大学で、キャンパスに牧場もワイナリーもあるほど広大だった。寮から授業のある校舎に行くにもかなり歩かなくてはいけない。学生生活には自転車が必須になる。

     ということで、デイビスに着いてすぐ自転車を買いに行った。比較的充実している町のバス路線を使って、Targetという郊外の大型ショッピングモールを目指す。広大な駐車場と巨大な四角い建物。いかにもアメリカという感じの、夜にはドクとマーティーがデロリアンを実験してそうなショッピングモールだった。

     1万円くらいの自転車と、極太のワイヤーロックと鉄棒のロックを1つずつ買った。物々しいロックを2つも買ったのは、歓迎パーティーで話した現地生の子が、治安は全然悪くない地域だけど、それでも鍵のない自転車は必ず盗まれると言っていたからだ。

     これまたアメリカンなだだっ広い道を走り、町に帰った。無意識に日本の癖で左側を走ってしまい、目の前からトレーラーが猛スピードで向かってきて死ぬかと思った。ここは右側通行の国なのだ。慣れるまでは少し時間がかかった。

    カントリーロードって感じ

     それにしてもデイビスは、アメリカ随一の自転車町を誇っているだけあって、自転車があると段違いに便利だった。いつも晴れてるし、どこまでも平坦だし、町中に駐輪スタンドがあるし、中央広場には「自転車の殿堂」という謎の施設まであった。小さな町だから、ちょっと走ればすぐに一面のトウモロコシ畑も見に行けた。

     さらにサンフランシスコにも自転車を持っていける。デイビスからUCバークレー(UC Berkeley)までシャトルバスが走っていて、自転車を乗せることができた。バークレーからは、自転車を持ったまま乗れるBARTという地下鉄で、サンフランシスコまですぐに着く。

     サンフランシスコの大通りを路面電車と並走しながら駆け抜けるのは最高の気分だった。ただ路面電車の線路がちょうど自転車のタイヤと同じ幅の溝になっていて、何度も挟まった。マーケット通りを突っ切ってフェリービルディングまで辿り着いたところで、とうとうパンクした。

     海外で自転車がパンクするというのは本当に心細い経験だ。置いていくわけにもいかないし、かといって押しながら歩き回るわけにもいかない。一通り途方に暮れたあとで、その日泊まる予定だったユースホステルに自転車を預けて、午後は歩いて散策することにした。

     翌朝は、すぐに最寄りの自転車屋に持っていった。屈強なおじさんが一瞬で修理してくれて感動した。この日はヘイトアシュベリーからカストロ、ゴールデンゲート橋まで、縦横無尽に走りまくることができた。

     たった1ヶ月半の相棒だったけど、帰国する時には別れるのが少し寂しいくらいに愛着が湧いていた。大学のFacebookネットワークで呼びかけると、買い値よりも高く売れた。買ってくれたのがどんな人だったのか朧げにしか覚えていないが、今もカリフォルニアの大地を走っているだろうか。

  • ウェブサイトはじめました

    ウェブサイトはじめました

     ずっとやりたいと思っていたブログ、ようやく設定を済ませることができた。じつは3年くらい前にもひっそりと開設した初代ブログがあったけど、本当に1投稿だけしたっきり一投稿坊主になってしまった。

     文字数が究極に限られているという意味では、SNSのほうがやりやすい。思いつきの話題でも「ここまでしか書けない」という制限があるぶん、かえって気軽に書いてそこで留めることができる。
     でも最近は、短文には短文の良さがあるけど、やっぱりもっと長くしっかり書いてみたいことがいよいよ増えてきた。旅先のこと、日常のこと、研究のことなど。

    去年の夏にみかけた、飲みこまれているクリーニング店

     ちょうどコロナの流行が始まって部屋にいる時間が増えて、書くなら良い機会だなと思って初代ブログの整備を暇をみては進めていた矢先、バージョンのアップデートがあった。初代のソフトはそこに適応できず、人工衛星のようにインターネットの彼方に漂いつづけることになってしまった。
     そのうちに修論や色々な手続きが激化して、さらにタイミングを失った。
     そんな紆余曲折を経て、やっと準備が整った。